たべる

食べることは、食べものを口にいれ、前歯でかみちぎり、奥歯でかみくだいて、すりつぶし、飲み込むことです。同時に、味わう、考える、会話をするきっかけを含みます。この生きるために必要な基本的営みは、わたしたちが生まれてから日常に織り込まれ、無意識の中で、記憶に留めながら、絶えず繰り返され、経験的に発達します。

矯正歯科医師として『食べものはしっかりと前歯でかみちぎって、しっかりと奥歯でかんで食べてください。そうすることで、顎が成長し、きれいな歯ならびになります。』とお伝えすることがあります。その折、お母さんがしっかりと食材を吟味して、手間ひまかけて丁寧に調理した料理を、家族みんなでおしゃべりをしながら、しっかりかんで、味わって食べている楽しいひととき、食卓を囲んでいる風景を思い浮かべます。

確かに、現代においては、このささやかで、うつくしい、家族で食卓を囲んで食べるという習慣を続けることは難しいことかもしれません。しかし、食べることは、栄養をとる機会だけではなく、食卓を囲む家族や仲間との会話を通じて、人との関わりに喜びを感じる機会でもあり、祖先から脈々と受け継いでいる食文化・伝統を感じ、考え、伝える機会でもあります。先人が大切にしてきた営みの智恵を知り、見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触るという感受性を豊かにして食べることができる契機は、健やかなこころと身体をはぐくみ、そして、無意識の中で蓄積されていく思い出は、いつの日か自分を切り開く糧になるかもしれません。